ウェアラブル人工腎臓と未来の人工透析
人工透析は週3日・1回4時間以上、透析施設に通院して受けるのが一般的です。また、通院による透析治療は受けられる透析時間にも限りがあり、低下した腎臓の機能を完全に補える治療ではありません。失った腎臓の機能を補い、透析患者の生活の質(QOL)を向上させる治療法として、ウェアラブル人工腎臓などのさまざまな腎代替療法が開発されています。本記事では、ウェアラブル人工腎臓と未来の人工透析について詳しく解説します。
腎臓の機能と役割
腎臓のおもな機能は、身体の中の老廃物や水分を身体の外に排泄し、水分量や電解質濃度のバランスを調整することです。その他にも腎臓には次のような機能や役割があります。
- 血液中の老廃物や塩分をろ過して尿として排泄する
- 体内の水分量や電解質のバランスを調整する
- 血圧を調節するホルモンのレニンや血圧を上げるアンジオテンシンⅡをつくり、血圧を調整する
- 赤血球の産生を促すエリスロポエチンをつくり、血液をつくるはたらきを助ける
- ビタミンDを活性化させ、体内のカルシウムとリンのバランスを保つことにより、骨の健康を維持する
・一般社団法人 日本腎臓学会 腎臓の病気について調べる 1.腎臓の構造と働き
・東京女子医科大学病院腎臓病総合医療センター 腎臓内科 腎臓の働き
ウェアラブル人工腎臓とは?
ウェアラブル人工腎臓(Wearable Artificial Kidney:WAK)は、透析患者が常に身体に装着して使用できるベルト型の小型透析装置です。吸着剤カートリッジ技術を使用して透析液を再利用しながら24時間持続的に血液を浄化できます。
ウェアラブル人工腎臓のメリット
ウェアラブル人工腎臓は日常生活を送りながら24時間365日透析治療を行えるので、透析患者のQOL向上および死亡率の低下が期待されています。
血液透析は、腎不全で腎臓の機能が低下した場合に、血液中の老廃物や余分な水分を除去するために行う治療です。通常は週3日・1回あたり4時間以上の通院が必要なため、日常生活が制限されやすく、透析後の疲労や体調の変化などにより、生活の質(QOL)の低下につながりやすい課題があります。
透析時間を延長することで死亡率の低下が期待されているものの、長時間透析に対応している施設が限られていることに加え、透析のためのスタッフや設備の負担が増えるため、すべての施設でこの治療が提供できるわけではありません。また、患者一人ひとりのライフスタイルや仕事、家庭環境によって長時間の透析を受けることが難しいという現実があります。
このような透析治療の課題を解決するために開発されているのがウェアラブル人工腎臓です。
ウェアラブル人工腎臓の開発経過
ウェアラブル人工腎臓の装置の重さは2022年4月1日時点で最大5kgです。1)実際にヒトに装着しての実験も順調に進められており、長期的な安全性の確保が今後の課題とされています。2),3),4)
・1)Hamid Rabb, Kyungho Lee, and Chirag R. Parikh Beyond kidney dialysis and transplantation: what’s on the horizon?
・2)NATIONAL KIDNEY FOUNDATION A Dream Starting to Come True: Wearable Kidneys
・3)Victor Gura et al. A wearable artificial kidney for patients with end-stage renal disease JCI Insight. 2016;1(8):e86397
・4)the Kurzweil Library + collections Wearable artificial kidney prototype successfully tested
・Francesca Tentori Longer dialysis session length is associated with better intermediate outcomes and survival among patients on in-center three times per week hemodialysis: results from the Dialysis Outcomes and Practice Patterns Study (DOPPS) Nephrology Dialysis Transplantation, 27(11) 2012,4180–4188
未来の人工透析
ウェアラブル人工腎臓のほかに、次のような腎代替療法も開発されています。
・ポータブル人工腎臓(Portable Artificial Kidney:PAK)
在宅や外出先での透析を可能にする従来よりも小型の透析装置です。透析患者の通院の負担を減らすことで、生活の質(QOL)の向上が期待されています。透析液の再生やバッテリーの持続性といった技術的課題が残されています。
・埋め込み型人工腎臓(Implantable Bioartificial Kidney,:BAK)
腎臓の代わりに体内に埋め込む装置です。シリコン膜のフィルターと人工的に培養された腎尿細管上皮細胞により、腎臓のろ過機能を代替し、電解質バランスを調整します。血圧を動力源として作動するので電動ポンプが不要で、老廃物は尿として排出される仕組みです。犬のモデルで1ヶ月間安定して機能することが確認されていますが、長期使用による安定した機能維持や血栓形成のリスク、フィルターの耐久性などの課題解決が進められています。
・マイクロリアクタ型人工腎臓治療システム
治療用のマイクロマシーンを体内に埋め込み、血圧の変化やpHの異常など、患者の身体状態を常にモニタリングします。身体の状態に応じて必要な物質を放出することで病態を安定化させ、腎不全で陥りやすい酸塩基バランスの異常を調整する治療システムです。今後の実用化が待たれます。
・その他
腎臓の尿細管や糸球体の機能を再現する腎臓のチップやヒトiPS細胞から3次元腎臓組織を作成する再生医療も注目されています。腎臓の機能を完全に再現できる再生医療が進めば、将来的には人工透析は必要なくなる未来が訪れるかもしれません。
・Hamid Rabb, Kyungho Lee, and Chirag R. Parikh Beyond kidney dialysis and transplantation: what’s on the horizon?
・GOOD HEALTH JOURNAL 透析医療の新しいカタチ。工学×医療の知見から患者に寄り添う医療機器を生み出す
まとめ
ウェアラブル人工腎臓を24時間身に着けて過ごせるようになると、従来の通院して受ける透析治療に比べて日常生活の制約が軽減され、生活の質の向上が期待されます。また、24時間透析治療を継続できるため、健康寿命の延伸につながる可能性もあるでしょう。
ウェアラブル人工腎臓以外にも持ち運びが可能なポータブル人工腎臓や埋め込み型人工腎臓、マイクロリアクタ型人工腎臓治療システム、腎臓のチップや腎臓の再生医療なども開発されており、失った腎臓の機能を完全に補える治療技術が確立されると、人工透析が必要のない未来が来るかもしれません。
※コラムに関する個別のご質問には応じておりません。また、当院以外の施設の紹介もできかねます。恐れ入りますが、ご了承ください。
※当ブログの記載内容によって被った損害・損失については一切の責任を負いかねます。ご了承ください。